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2013年1月10日木曜日

成人式の招待状がないときは

もう少ししたらまた帰省といっためんどくさい日程でございます。
故郷の成人式が日曜日で、その夜に同窓会が開かれる。
出席をするために土曜日の昼から新幹線と夜行列車で向かう。
ただ、成人式の招待状が来たのは知人も知らない東京の地から。
故郷からの招待状は戸籍変更で実家に来ていない。
余計な手続きで戸籍を変えてしまったための寂しい結果。
はて、どこかの公民館にいつ終わりを構えて知人を見送るのか。
また、(スーツはあるけれど)格好がわからず糞寒い外で待つのもどうか。
そんな空白の日曜日を取材の(!)旅で潰して、「ある会」が来るのを待つ…

中学の同窓会である。顔本からの友人のイベント投稿から知ったことである。
4年もの歳月が流れて、連絡先も知らぬ(高校でも携帯持ち込み禁止を順守していたのは僕だけだったろうか、またezwebメールが使えないと勘違いしていた)級友とどのように接するべきか…
 一度高校生のときに遭ったのだが、先生のどうなった話で友人の話を引き出さないというもったいなさ。
 中学校と同じクラスだが、高校以降は会ってないけどでも会いたくなる異性のひと。
思いはさまざまだが、飲み会という場で持って(サークルでは何度も経験しているのに)きっと新しいことが生まれるかもしれない。いや、今後も会おう。
そんな決心で持って、連絡先を聞き出すだけの小さな男に、わたしはなりたい?

mixiではあまり友人登録を積極的にしていく勇気がない。
しかし、そのコミュニティ以上の広いつながりを持ちたいのは
どこの人間でも思うことである。
今の自分はSNS含めインターネットで顔を晒していくことには慣れているが、
実際にあった時は衝撃を受けて慣れにくいであろう。

某匿名掲示板のひどく迷惑な書き込みをするような「名無し」にはなりたくはない。
でも世界でも注目されるような「名有り」にもなりたいとは思わない。
誕生日を迎えたからこそ思う葛藤である。

タイトルとかけ離れたものとなってしまったが、そもそも宿題を先にすべきではないか、
と思いつつ、無駄に並べた自己満足の長文を書いた自分の姿は、
まさに「リア充」である。

2012年11月30日金曜日

映画批評 - エヴァンゲリヲン新劇場版:Q見てきました

11月18日の公開から2週間、ようやくエヴァンゲリヲン新劇場版:Qを見ることができました。
まあ、劇場座席の規模も大きいため、混み合ってはおらず(最終時間+雨天で人もまばら)快適に見ることができたのですが、まずは予告の洋画の占拠率。もう邦画は宣伝する気が無いのでしょうか。それとも単に注目を集める邦画がないだけか…

突如、「巨神兵が東京に現る」といった予告編的な映画が流れたが、
あれもたった5分で「終」の文字を見るとは、とても驚いた。
なにか、7日間(ナウシカもそうらしいが)でユニバースが滅亡にいたる経緯を
天の声(弟の予言を聞いていれば…)が語っていた。
ヒーローの不存在さとCGでいとも簡単に壊れ行く東京の姿にちょっと悲嘆。

金曜ロードSHOW!で新劇場版:Qのオープニング6分を見たため、
そこのところはおお、宇宙で凄いなーと関心したが、その後の戦艦の姿といい、
リツコさんの「誰かに似ている」率この上なく高いし、
カヲルのピアノ・レッスンはど丁寧だし、そもそも全体的にかっこいいし、(怒る姿なかったから)
やはりシンジの勝手なる行動がサードインパクト・フォースインパクトを起こしてしまって
父の「計画通り」そのものだったし、
何かしらアニメの要素は入っていたし、
ほのぼのシーンがなかったのはちょっとさみしいし、
アスカの態度はなんか生理的に受け付けないし、
マリのシリアスシーンに対する軽さは一番安らぎを得られる。

また気づいたことがあれば下に追記していきますね。
もしや、ネタバレしてますかね?してても、わからないものね。
使徒はスタイリッシュ、血の噴出はグロリッシュ。

ttp://www.evangelion.co.jp/final.html
これ、競馬の武豊さんの出ているJRA公式の動画で、
予告の画面にあったよね。
ちなみに、:❘❙は音楽用語でフィナーレを表す。

さあ、四部作で簡潔に完結してもらいたいものですね。
2,3年後には、拍手のシーンが待ってるでしょう!?

追記:成人の日にはまた映画見に行こうかな。
推測がつくようなことは記しておこう。
2020年の公開はCOVID-19の流行が収まらない限りは無理かな。

2012年9月10日月曜日

記憶・体得方法

僕が大学受験における知識の記憶方法としては、
ノートを自分で作って、自分なりに覚えること。
これが一番やりやすい。ごろ合わせも悪くはないが、
他人から「覚えろ」と押し付けられたものは、
かえって自分の中に定着しにくく、
テストであわてやすい。そして、入試直前になって振り返って、
入試で忘れる。
そう思うのだ。

演劇はどうなのだろう。
他人の作る台本のセリフ(1本分)を覚えろ。
それを覚えたら自分の作る台本でその表現を使えるはずだ。
僕は、中学で習った「春はあけぼの」の4文の中まで忘れている。
なのに、高校で習った古文文法は、(自分なりに勉強したので)忘れていない。
古語で見学旅行の感想文を書いたクラスメートがいる。
自分の体験記を情趣ある古語で入力したのだ。
やはり、単純・明快な規則は一番頭に残る。

アドリブが効くために、
他人のまねを完璧にしようと強いるのは
自分の苦手意識を強くするためかえってよくないと思われる。
自分で考えて、工夫して、積極的にどうすればいいか
改善点を引き出してもらい、直していくのがよいだろうと。
これは、単にゆとり教育に限ったことではない。

政治家の「演説」なんてどうですか。
他人のまねをしたら、非難されますでしょうか。
故人の言葉は、もっとあるはずです。
それを自分の公約と絡めて考え、
自分の言葉として吸収・発言するべきです。

単に「公立校」に入らせるためには、
知識の押し付けではなく、
自分で「考える力」を育てるように
仕向けてあげるべきではないかと思う。